「静岡のチベット」と言った人

  それは、今から9年前の平成4年3月に開かれた大河内中学校時代の同窓会の帰りのこと。 静岡市中心街で飲んだ私達は、有東木までタクシーで帰ることになった。行先を言っても九分九厘知ら ないだろうと思いつつ「有東木まで、知らないだろうけど」と言ってみたところ、意外な返事が返って きたのである。「静岡のチベットだろ、知ってるよ!」と。有東木をチベットに例えたのを聞くのは初め てであった。チベットと有東木は共に山奥だからそう言うのだろうと、あまり気に留めなかったが、頭 の片隅に何時までも残っていた。
  有東木のホームページをつくるにあたり、単純、端的な有東木のイメージコピーはないも のかと考えている時、このことが思い出されたのである。地理に詳しいタクシー業界にあってそう言わ れているのなら、これはきっと外部から見た有東木の的確な印象に違いない。しかも極めて短い言葉の 中に、単に山奥という地理的特徴以外に文化や生活様式まで含めた有東木の印象、特徴を表しているで はないか。「有東木のホームページ」の表紙に載せるべき言葉であると確信したのであった。
  この確信はホームページの制作が進むにつれ益々強くなってきている。