空すめる郷−静岡−大河内

昭和46年2月 印刷
昭和46年2月 発行
編集者 静岡市立大河内小学校
新 村 光 男
発行者 静岡市平野1826の40
静岡市立大河内小学校長
品 川 敏 夫
印刷所 静岡市登呂台町1丁目213の4
黒船印刷株式会社
まえがき

郷土の学習資料とするために。
できるだけ大勢の方々に読んでいただくために。

   大河内地域の開発起源については、正確な資料がないので、詳細は不明である。 「村誌」など口碑伝説によると、今より約七百年前の文永中頃(鎌倉中期−1264 〜1275)の居住民は、金掘業を営む人たちが主であったようである。最初は代官所 より派出された金掘業者が、平野字元宮及奥の原で試掘に着手。次に蕨野に着手。 次第に各所に一団ずつ分遣し、盛大を極めていき、これが子々孫々相継がれていき 今の大河内七部落に形成されたとある。
   大河内地域は、豊富な森林資源、静岡県山葵の発祥の地と知られる有東木を中心と した山葵、安倍本山銘茶など豊かな産業村として、人々は祖先伝来の土地の上に生 活の基盤をおき、そこに定着した幾世代の人々によって築かれた伝統や、慣習の中 に、安定した秩序をつくり、今日に及んでいる。ところが最近の経済成長に伴う、 産業構造の変化と、マスメディアの発達が、生活の広域化と都市化現象を生み、ど この地域でも同じであるが、この山村の秩序と、人々の意識、価値観を大きく変え ようとしている。
   人間を長い伝統的な秩序から、新しい近代的な構造を持つ秩序の世界へ変革転換さ せつつある。いうなればこの地域の人々によって築かれていた、血縁的人間関係に よって創りあげられていた伝統的なしきたりや、その中に育った共同体の枠から合 理性、有用性を原理とする新しい組織へと、その希望の有無を問わず、徐々に組み いれられていくわけである。いつまでも美しい郷土に安眠をむさぼっていることは できなく、過去への郷愁をすてて新しく前進しなければならなくなっている。私た ちの郷土大河内も、豊かで魅力ある生活の場へ築き上げる方策として、昭和44年 1月1日の静岡市への合併、交通条件の整備、バスの運営、学校の統合、教育の整 備充実が進められ、さらに産業構造の再編成も進められている。
   今日の大河内は、昨日の大河内ではないように、また明日の大河内でもない。「大 河内の里」の骨組を残しながら前進と創造、そして変革、建設されて未来に大きく 伸びていくわけである。
社会構造の変革期と過疎というえたいの知れない社会現象の流れ、その対決におい    て、この地域の教育にも課題があると考える。
後継者教育を意図し、土地への定着をめざして教育を進めるのか、それとも都市へ の流出を必然の方向としてうけとめそれへ対応する教育体制を整えるべきかは、軽 々に断じがたい問題である。しかしながら地域社会の基盤強化のために、教育もそ の特有の使命から役割を担当すべきは当然なことである。この時期に、郷土形成の 足跡を、郷土の再認識の意味で探ってみることも意義があると考える。
   現在大河内に残っている史誌には大正2年、郡令によって作製した「大河内村誌」 (2部)、貴重な筆書による1冊の「有東木村誌」、それ以後昭和28年時の大河 内青年団の手で村誌を複製した「大河内村誌複製版」がある。
村誌が編纂されてより約60年の年月が流れ、事情が変わり書かれていることもか なりの距離を感じるようになっている。しかも村誌複製版の所有者も限定され数も ごく少なくなってきている。
空すめる郷静岡大河内    児童生徒に郷土の開拓史を知らせ、郷土の開発や先覚者の残した業績を教え、自分 達の血の中に流れている郷土魂を自覚させ、誇りをもたせ、子どもたちを郷土の子、 日本の子に育成することは、教育の要請であるわけである。あらゆる角度から地域 社会の実態を把握して教育計画をたて、児童の学習や、生活指導が行われることが 、地域の教育運営に当たるものの責任であり、児童生徒の生活経験から問題をつか ませることが教育における課題である。
   以上の論点より、本冊子は、各教科の学習計画作成の資料や、郷土学習、地域社会 の学習の資料になればと念願したのが、編集発行しようとした動機である。
   本冊子は先輩郷土史家の研究集録した諸史誌を参考にして県市の図書館、村の長老 の口碑、PTA会員からの耳書、特に児童達が夏休み中に研究調査した多くの資料 をもとに作成したものである。編集執筆に当たったものの、この道の専門家ではな く素人である。
   今後、新しい角度から記述されるだろう「地域の郷土誌」が作製される時の参考資 料になれば、幸いである。
   地域の史話や名勝地、伝説もいれ、気易く読めるようにして、小、中学生、そして 大河内の人達はもちろん多くの人々にも読んでいただきたく、大河内の足跡を知っ てもらうようにも意図して記述した。本冊子が明日への大河内の土台作りに少しで も役立っていただければ幸いである。
昭和46年1月 吉日
有東木 ぎりっかけの日
編 者