平野・有東木の盆踊り
あとがき
紅葉をふるい落として息をひそめていた木々が、一斉に萌黄色をまとうように なるのも、もうすぐである。安倍川に沿っての往復の光景は、もう自分の庭 のような気がする。
安倍川上流域の旧大河内村平野と有東木に古い型の盆踊りが伝承されているこ とは、かなり前から研究者の注意を引き、本田安次先生を始め多くの方々が当 地を訪れ、著された報告や研究もかなりの数にのぼる。
このたび両地の盆踊りが、文化庁より記録保存すべき民族文化財の対象とされ 、私たち三名がその報告書作製を委嘱された。三名ともかねてより感心を抱い ていたテーマであり、しかも大村は平野出身でもあったから、全く白紙の状態 で着手したわけではなかったが、実際に文章にまとめる段になると、なかなか 簡単にはいかなかった。
まず最大の難関は、踊りの振りをいかに表現するかということだった。ストー リーのある演技とは異なり、微妙な手ぶり、足ぶりを正確に表現することは不 可能である。そこで保存会の皆様に集まっていただき、これがこの踊りの特徴 だ、という動作を写真に残すにとどめた。したがって踊り全体の動きは、歌の 節とともに両地別々に記録されたビデオテープを御参照いただきたい。平野の ものは静岡市教育委員会社会教育課と地元保存会、有東木のものは静岡県立中 央図書館に保管されている。
次は詩章の問題である。さいわい、ともに近世末〜大正期の書き留めがあり、 現在は失われた数多くの歌があることがわかったので、これを原文のまま翻刻 し、類歌を示したり、全体の意味を考えてみることにした。ただしどちらも時 間と紙幅の関係から不完全なままであるが、単なる歌章紹介よりは意義あるも のになったのではないかと思う。
もう一つは盆踊りを支えた組織、あるいは住民の生活全般と盆踊りとの関係で ある。盆踊りは村をあげての最大の行事であるから、その位置付けは村の生活 全体の中で、行わなければならない。そのために両村の民族誌ともなるべき資 料をかなり集めたが、これも諸般の事情から直接的なかかわりのある青年(若 い衆)関係を除いては割愛せざるを得なかった。
最後は、この盆踊り全体の成立と伝播の問題である。これについては本文にお いて一応の仮説めいたことを述べたが、果たして正鵠を射ているかどうか。読 者のご意見を是非お聞かせ願いたい。
なお、本書の執筆分担は次の通りである。
盆のまつりと芸能
田 中 勝 雄
平野の盆踊り
大 村 和 男
有東木の盆踊り・安倍川流域の盆踊り
盆踊りの伝播をめぐって
中村 羊一郎
(このうち平野をまとめるにあたっては 飯塚伝太郎氏・中野宥氏、有東木については山梨竜平氏の御助力を頂いた)
おわりにあたり、平野・有東木の皆様の心からなる御協力があって、はじめて 本書が成り立ったことを銘記いたします。また諸先学の御仕事を利用させて頂 いたことに対しても深く感謝いたします。本書作製がひとつの契機となって、 特に若い人々の間に盆踊りの伝承とか、地域発展の方策などについての話題が 盛り上がるようなことになれば望外の幸せです。
(56.3.31 中村記)