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子供数の激減に伴い2006年1月の「ぎりっかけ」は中止されることになりました。
子供が多くなれば復活するというお話もありますが、恐らく2005年1月31日が事実上
最後の「ぎりっかけ」になったのではないかと思われます。('06.1.25)
この村の子供たちが、昔から毎年慣例として継承してきた正月の行事に『ぎりっかけ』と
『どんどろやき』があります。氏神を信仰として団結した部落共同体における宗教的伝承行事です。
山村の子供たちの楽しみであり、部落共同体としては村の継承者である子供たちの成長への願望が
この行事に込められているのです。幾世紀か、久しく歴史的な伝承行事として子供から子供へと伝
承され保存してきているのです。
有東木部落の子供のある家に立ち寄ると、直径8cm位の枝木を輪切りにして、たわし形大に
似ているものをひもで軒下に吊るしてあるのが見られます。これは、今年の正月31日に
「ぎりっかけ」行事に参加したこの家の子供が使ったもので、祖父や両親が我が子のために作ったも
のです。この木の輪切りにして作ったものを通称「ぎりっかけ」と呼ぶが、部落の畑中や屋敷内の柿
木にも吊るされ、風にゆれているのを時々見かけます。これらは、何年か前の子供たちの「ぎりっかけ」
でしょう。
正月31日の午前2時頃、有東木の白髭神社の森近くの西沢橋下の河原に一人が2個の
「ぎりっかけ」を30cm位の長さのひもの両端に結び付け、手に手に持ち、真っ暗な山道を懐中電
灯で照らし、小学6年生の男子を年頭にして集まります。ここには「どんどろやき」をするために部
落の各戸から前日子供たちが集めた正月の飾りや注連が山と積まれています。
「ぎりっかけ」行事は、西沢橋付近を出発点として村中を3周します。拠点が3箇所あります。
西沢橋近くの河原、次は長年庄屋をやったという望月家の門前、次はこの村のお寺である東雲寺の庭
先の石段前です。この拠点を3周する間に行う行事です。
この行事の前日1月30日有東木の親達は山へ出掛け、我が子のために、ぬるでの木(アーボー
と呼ぶ)の枝を切って持ってきます。この枝を輪切りにして「ぎりっかけ」を作ります。一人の子供の
ために二つ作り、これに家紋や屋号を入れ所有を明確にします。2個を30cm位のひもで結び付け、
それを3m位の竹竿に結び付けるのです。
「ぎりっかけ」の語源や意味もあるわけであるが、今は伝承として、慣習上そう呼称している固
有名詞になっているのです。「ぎりっかけ」と言えば、そのことで全てを総称しており、語源や意味を
探る必要もなくなっています。もちろん、行事の方法等については、昔そのままではなく変遷があった
ものと考えられます。
古老達はこの行事の意義について次のような説を立てています。苦しい事に耐えられるように、
男を磨くために行うものであり、近頃の言葉、根性作りのためであると言います。
氷点下の冬の真夜中に集まり「ぎりっかけ」を石段にぶちつけて、割れないことを願う子供心、
真の男になってもらいたいための親心の願望が込められているのです。一説には、有東木は甲州武田の
将士がこの村に入って村作りをしたもので、古くから男の子を鍛えるための行事であったと言われてい
ます。以前はたき火をしても、小さい子供にはたき火に近寄らせず、遠くで寒いのを我慢させたとのこ
とです。この意味も「ぎりっかけ」行事の意味で理解できます。
6年生のリーダーの合図で、真っ暗な神社の森を背景に西沢橋近くから出発し、子供たちは声をそ
ろえて、独特な口調で
「ぎりっかっけにまー
いったか、とこっかっけにまーいったか」[166KB]と呪術的な言葉を繰り返し言います。夜の道を6
年生を先頭に村中へと進む。真っ暗な夜、懐中電灯の灯が照り輝く。行列は曲がりくねった石段を登り
望月家の門前で止まります。そこで6年生の年頭の合図「セイノー」のかけ声で「ぎりっかけ」を結び
付けた3m位の竹竿の両端を持つ二人の男の子によって、望月家の石段へぶちつけます。周囲では子供
たちが一段と大きな声で、ぎりっかけの文句を唱えるわけです。この場面がこの行事の最高調に達した
時であり、石段にぶち当たる「ぎりっかけ」の音は鈍い音を出し、子供たちの力強い声は周囲の夜の暗闇と、
静寂な山にこだましていくのであります。何回かこのように「ぎりかっけ」を石段にぶっつけることを
繰り返します。「ぎりかっけ」を石段にぶちつけることについて古老達は「ぎりっかけ」を男の子とみたて、どんな
困難にも苦しいことにも耐えられることを念願し、ぶちつけ、いためつけても、負けない、くじけない心
を養うためだと言いいます。
望月家の門前から次の場所東雲寺の門前へと行列は歩き出し「ぎりっかけ」の文句を唱え、寺の石段
でも同じことを繰り返します。このようにして子供たちは村中を3周して同じ事をしてまわるのです。
最後に出発点の西沢橋近くの河原に山と積まれた正月の飾りや注連縄のまわりに集まるのです。
いよいよこれから「どんどろ焼き」を始めます。始めに祈願の詞「日天さん、月天さん、氏神さん、
どうか火の神をお祈りください。」と言いながら清めの塩がまかれ、点火されます。子供たちの喜ぶ声、
松飾りの燃え上がるパチパチという音が入り交じります。しばらくは神社の森は明るく照らし出されます。
東の空が白々と明ける頃が終了の時刻で、子供たちは自分の「ぎりっかけ」を持って我が家に帰って行
きます。
この「ぎりっかけ」が割れなかったことは縁起が良く、今年1年間は良いことが舞い込むと言われ
ており、割れない「ぎりかっけ」を持った子は意気揚々として帰ります。割れてしまった子はいかにも残
念そうに持ち帰るが、割れてしまっても頑張って「ぎりっかけ」行事をやってきたわけで、良いわけです。
「ぎりっかけ」は、自分の家の柿木とか軒下に吊るされ、そしてこの行事の全ては終了するのです。
柿木に吊るすのは柿の豊作を念願するためだと言われ、往時は柿は山間部の唯一の子供たちの菓子であり、
貴重な甘味料であったわけです。
「ぎりっかけ」のように、新年を健康と幸福に迎え、新年を大切ににしようとし、家内安全、子供
たちの健康を祈願する行事は、いつまでも残しておきたいものであります。
引用:空すめる郷−静岡−大河内
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